オブジェクティビズムは「使える哲学」 | システム思考 | 田村洋一

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オブジェクティビズムは「使える哲学」

アイン・ランドの哲学が最も威力を発揮するのは、倫理学と政治学、すなわち「人はどう生きるべきか」と「社会はどうあるべきか」のふたつの領域です。

 

人はどう生きるべきか。

 

合理的に考え、自分の幸福を追求する個人として、利己的に生きるべきだというのがオブジェクティビズムの答えです。他人や社会に人生を捧げるのではなく、自分の人生の充実のために生きるべきだというのです。

 

社会はどうあるべきか。

 

政府は個人の権利を守る存在として合理的な法に則って運営され、一切の経済への介入をしない、自由な資本主義システムがオブジェクティビズムのゴールです。個々人が自分の人生を生きられるようにするのが政府の役割で、それ以外の、個人を社会に従属させるようなことは一切すべきではないというのです。

 

しかしオブジェクティビズムは宗教の教義ではありません。

 

利己的に生きよ。
資本主義的にあれ。

 

そういう結論だけを都合よくつまみ食いしても、ちっとも合理的に生きることにはつながりません。むしろ逆です。リバタリアンや刹那主義者のように非論理的で非倫理的な生き方や社会に陥りかねません。

 

最も大切なことは、現実を観て、自分の頭で考えることです。

 

オブジェクティビズムは、考えるための合理的な方法を与えてくれます。合理的に生きるための指針を与えてくれるものです。

 

いわば合理的に考え、合理的に生きるためのOS(オペレーティングシステム)です。

 

オブジェクティビズムは「使える哲学」だと思っています。しかしそれはパソコンのアプリのようにダウンロードしてすぐに使えるような安直なツールとは違います。

 

オブジェクティビズムを学ぶことは、知性のOSをアップグレードするようなものです。それどころか、人によってはOSを丸ごと入れ替えるような羽目になります。

 

それは必ずしも簡単なプロセスとは言えないのです。

 

(続く)

 

サンタフェ通信2月12日より一部抜粋しています。


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