教育ディベートにおいて最も重要なこと | システム思考 | 田村洋一

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教育ディベートにおいて最も重要なこと

私がディベート教育を通じて学んだことは、単なる論理的思考でもなければ、巧みな演説でもありません。もっと根本的な、独立思考とでも呼ぶべきものです。

 

(世間にはスピーチ重視のディベートもあり、私の経験は分析重視のアカデミックディベートのものであることを明記しておきます。ディベート道場で実践しているのも分析重視のアカデミックディベートです。)

 

競技ディベートは論題に始まります。ひとつの決議を巡って様々な立場や情報を探求していくのです。リサーチが始まります。

 

リサーチしていくと、様々な研究者や専門家の意見に辿り着きます。様々な媒体による情報分析にも行き当たります。

 

世間では名の知れた名門大学の教授が堂々と見解を発表していることもあります。世間では名の知れた一流新聞の記者が堂々と情報を発信していることもあります。

 

それらの見解や情報が、世間では「正しい」ものとして流通していることが多いことも発見します。

 

しかしリサーチを進めていけば、事態は決して単純明快でないことが誰にでもわかります。

 

名門大学の教授が明白に間違っていることがしばしばあります。一流新聞の記事が明白に間違っていることもしばしばあります。

 

世間の権威が明白に間違っていることがしばしばあるのです。

 

間違っているからと言って丸ごと捨てるわけでは必ずしもありません。間違いの中にも一片の真実が隠されていることもしばしばあります。それを自分の力で、自分の頭で、自分の目で見出していくことこそリサーチの醍醐味です。

 

真実は意外なところに隠れていることがしばしばあります。何らかの理由で不都合な真実が隠されていることも多いのです。

 

ディベートに従事する者は、世間の誰の意見も鵜呑みにせず、常に自分の頭で理解したことを頼りに自分で判断していくしかありません。そして理解したことを今度は自分の言葉で他者に伝えていくのです。

 

論理的思考は大切ですが、それは全体の一部でしかありません。わかりやすいスピーチも大切ですが、それも全体の一部でしかありません。

 

相手が大学教授だろうと総理大臣だろうと、どんなに立派な人格や才能の持ち主だろうと、健全な独立思考をもって話を聞く。鵜呑みにしない。自分で確かめる。

 

ディベートにおいて最も重要なことはこの独立思考にあるのではないか、というのが私の個人的経験です。

 

サンタフェ通信4月1日より一部抜粋しています。


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