ディベート道場の守破離 | 田村洋一

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ディベート道場の守破離

ディベート道場では参加者の人たちに自分の目指すレベルを尋ねています。

 

守: ディベートになじむ
破: 試合ができる
離: 何でもディベートできる

 

の3つのレベルです。今日はこれについてお話ししましょう。

 

守: ディベートになじむ

 

これだけでディベート道場を終えて行く人もいます。それでもいいのです。

 

ディベートは他のどんな学習活動とも似て非なる体験です。単にロジカルシンキングを学ぶのとは違います。単にスピーチを学ぶのとも違います。哲学を学ぶのとも違います。ダイアログサークルで対話に勤しむのとも違います。言ってみればそれら全てを統合したゲームとも言えます。

 

ディベートは頭を鍛えるだけでなく、身体と心を鍛えるゲームです。その体験から自分にとって必要な学びを得て終わることができればそれに越したことはありません。

 

破: 試合ができる

 

ディベートを本当に学んで熟達しようと思えば、試合をたくさん経験するほかありません。

 

サッカーにたとえてみましょう。サッカーボールを蹴ったり、ドリブルの練習をしたり、パスの練習をしたり、ゴールにシュートしたりして遊んだら、それだけでそれなりに楽しいし、ボールを扱うスキルも向上するでしょう。軽く練習試合をすればゲーム感覚もわかり、「サッカーとはこんなものか」という全体感も掴めるでしょう。

 

しかし本気で試合をしなければ、真剣勝負をしなければ、本当のサッカーの醍醐味は一生わからないだろうと思います。本番の試合の空気、相手チームとの駆け引き、戦略と勝負運、ひらめきと連携、真剣に戦い、勝ったり負けたりする中でしか得られない学びがあります。

 

ディベートも同じです。道場で基礎稽古をすればそれなりにディベートになじむことができます。他の人の試合を観戦すれば理解も進みます。しかし自分の頭と自分の身体で議論をしたり判定を下したりできるようになるためにはどうしても試合経験が必要なのです。

 

破を目指す人はひとまず10試合、次に30試合、そして100試合することを考えるといいでしょう。

 

離: 何でもディベートできる

 

教育ディベートは試合することが大きな特徴ですが、ディベートの学びは試合に勝つことなどを大きく超えるものです。勝ち負けを本気で争うチームの試合をジャッジとして判定する経験が絶対に必要です。

 

判定の力、意思決定力は、現代社会を生きる私たち全てに必要であり、あらゆる場面において役に立つものです。

 

アカデミックディベートに特徴的な徹底的リサーチと分析、そして戦略と議論は、知的プロフェッショナルの資本である考える力を維持向上する過酷なトレーニングです。

 

トレーニングは、ときに現実の仕事以上のストレスを課します。ディベートを経験した人たちが「ディベートに比べたら会社の仕事は楽だ」と言うのは決して大げさではないのです。

 

私の本音を言えば、ディベートを体験した全ての人にこの段階に進んでほしいと思っています。また、それは充分に可能だと思います。ただ、そこに到達するまでのトレーニングが過酷に感じられて途中で離脱する人がいるのも事実です。離脱してもそれはそれなりのご利益に恵まれるであろうことは上に書いた通りです。

 

目標は高くて困ることはありません。せっかくディベートするなら大いに高みを目指し、遠くを見てやるのがいいと思います。

 

が、あまり肩肘張ってディベートを頑張りすぎても疲れてしまいます。今後も休み休み、楽しみながら、いろいろ遊んでいこうと思っています。

 

サンタフェ通信7月29日より一部抜粋しています。


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