分類しない心 | システム思考 | 田村洋一

このエントリーをはてなブックマークに追加

分類しない心

幼い子どもにとって世界は驚きの連続です。何もかもが好奇心の対象になります。これが大事でこれは大事じゃないという区別はありません。

 

そう、幼児には分別がない、分類することがないのです。

 

長じていくに連れて、子供は分類することを覚えます。これは安全、あれは危険。これは大切、あれは無用。これはおいしい、あれはまずい。体験する前に好き嫌い、良い悪いを知るようになります。食わず嫌いが頻発します。

 

これは試験に出る、あれは試験に出ない。これは金になる、あれは金にならない。これは味方、あれは敵。

 

分類思考が身につくと効率が上がります。実際に体験する前に判断ができるのであれば、わざわざ体験してまずい物を食わずに済むし、無駄な勉強をしなくて済む。わざわざリスクをとって旅先で探索しなくても、旅に出る前に観光スポットを知っているようなものです。

 

分類思考は便利です。私たちは幼子のように世界の全てを初体験する必要はありません。地球の裏側まで旅するまでもなく、地球が丸いということを知っているし、異文化の存在や異人の存在を知っています。

 

しかしながら、分類思考に侵された心は、初めての体験を慈しみ、驚く力を失ってしまいます。

 

幼児の頃の毎日の新鮮さを思い出せるでしょうか。見るもの聞くことの一つひとつが真新しく、冒険と興奮に満ちていた日々。

 

私たちは幼時に戻ることはできません。もう「知ってしまった」ことを無理やり忘れることはできない相談なのです。

 

でも分類思考を知る前の純粋な感覚を思い出すことはできます。大自然の偉大さ、生物が生きていることの驚異、些細な日常に潜む謎に、ふたたび驚嘆することはできるのです。

 

私が幼い子供たちからいつも学んでいることのひとつは、分類しない心、ただあるものをありのままに感じる心なのです。

 

「それはもう知っている」などと考えずに、わざわざ旅に出て自分の目で見ることなのです。

 

サンタフェ通信10月28日より一部抜粋しています。


ホーム RSS購読 サイトマップ