曖昧な日本語の喋り方とディベート | 田村洋一

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曖昧な日本語の喋り方とディベート

「日本人はなんで物事をはっきり言わないのか」という話があります。自分の意見を言うのに「...かなと思います」のようにぼかして言う。「...だ」と言い切らない。

 

ほとんど中身のない発言をすることもあります。

 

「やりすぎじゃないですかね」
「さすがにちょっとどうかと思いますね」
「もう少しなんとかならないもんでしょうかね」

 

など。何ひとつ意味のあることを主張せず、聞いた人に残りを察してもらう喋り方です。

 

この「積極的に意味のあることを言わずに、聞いた人に察してもらう」というのが日本語でのコミュニケーションの常套手段です。私自身もしょっちゅう使っています。

 

半分言って残りは相手に言わせる言い方もあります。「これはつまり、」と途中まで言えば、そのあとは別の人が言ってくれる。相手が「ということは、」と言ったら、それを引き継いで「...ということですね」とセンテンスを終わらせる。

 

自分の知る限り、イギリス人やアメリカ人やフランス人でそういう会話の仕方をする人はまずいません。(日本語に堪能な外国人は日本語の会話でそれをやるかもしれませんね。)

 

この曖昧な日本語の喋り方では、気心の通じた日本人どうしでは楽でいいのかもしれませんが、文化や国境を超えたコミュニケーションが成り立ちません。

 

ディベート的な思考法、対立から創造するコミュニケーション、そういう異質なものを取り入れて日本の伝統文化と融合し、統合していく。これができれば、日本文化の察し合う良さを保ったままで、必要に応じて明快に自己主張もできる日本人が増えていくのではないか。

 

そんなことを思いながらディベート道場を続けています。

 

サンタフェ通信12月9日より一部抜粋しています。


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