許可を出す・許可が要らない | 田村洋一

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許可を出す・許可が要らない

移動の自由を国家によって制限されている社会主義圏からアメリカに来ていた人の話です。研究のニーズか何かで「それならサンディエゴに行ったらいい」と言われたとき、「サンディエゴに行く許可は得ていない」と答えたというのです。

 

アメリカに住んでいるアメリカ人にはこのことがわかりません。サンフランシスコで働いている人がサンディエゴに行くために、いったい誰の許可を得る必要があるというのでしょうか。

 

もちろん日本に住む日本人も同じです。大阪にいる人が東京に行くのに「許可を得ていない」と言うことはありません。どこへでも必要があれば必要な所へ必要なときに行ったらいいのです。自由な世界で生きている人は「東京に行きたい」と「東京に行く」の間に何ひとつ許可を必要としません。

 

ところが、心の中が自由でない人は、政治的な自由がある世界に住んでいながら、自分で自分自身を束縛しています。「やりたい」と「やる」の間に大きな壁があるのです。

 

やりたい。でもそれをやる許可を得ていない。(誰の許可が要るのでしょうか。)

 

そういう人の中には、誰かに背中を押してもらうとやっとやりたいことができる、と言う人がいます。先生とか先輩とか尊敬する上司とか親とか友人とか、とにかく誰かに聞いて、「それ、やっていいよ」と言ってもらえるだけで安心して決断できるといいます。

 

「自分で自分に許可を出す」というアイデアも役に立ちます。誰かに許可を与えてもらうのではなく、自分で自分に許可を出すのです。「やりたい」「それならやっていいよ」と自分で自分を許すのです。

 

これが板についてくると、そもそもいちいち許可を得る必要がないことに気づいていきます。

 

「東京に行きたい。行ってもいいですか」
「行ってもいいよ」
「じゃあ行きます」

 

これが許可を出すプロセス。

 

「東京に行きたい」
東京に行く。

 

これは許可が要らないプロセス。

 

心が自由になってくると許可そのものが要らなくなります。最初から許されている人間に許可を与える必要はないのです。

 

 

サンタフェ通信6月23日より

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