システム思考 | ゴール | 田村洋一

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燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや

苫米地英人さんが「抽象度の高いゴールを持つ人のことを、抽象度の低いゴールを持つ人は理解できない」と明言しています。

 

どういうことかと言うと、苫米地さんが世界から戦争や差別をなくすという大志を持ち、自費で世界中の要人に会いに行って活動していることを、私利私欲で活動する政治家や評論家たちが理解できずに、「裏でどんな利権が動いているのか」と訝るようなことです。

 

苫米地さんほどの派手な活動をしていなくとも、世間には高い志で活動している人たちがたくさんいます。私の周囲で活動している仲間やクライアントの多くもそうです。彼らは自分ひとりの利益のためではなく、他人のためや世間のために貢献することに意味を見出し、献身的に働いています。

 

私自身にもそういうところがあります。15年前に設立したメタノイアという会社の名前が「愛のため」の逆さ言葉になっているのは、わざわざ苦難の多い独立事業をやる以上、金のためじゃなくて愛のため、愛するもの愛することのためにしよう、という想いの表明でもあります(半分冗談ですが)。

 

もちろんビジネスですから利益は大切です。利益がなければビジネスは持続できません。利益は会社というエンジンに必要な燃料です。

 

そう、利益は目的ではありません。会社が人のため世のために貢献していく事業装置である以上、燃料を稼いでいるばかりでは無意味なのです。それがメタノイアの影の意味です(表の意味は別にあります)。金のためじゃなく、愛のためなのです。本当にそうなのです。

 

ですから、損得勘定で事業を見るだけの人には「そんな苦労ばかり多くて益の少ないことをやって何の得があるのだろう」と思われるようなことを熱心にやっているように見えるようです。

 

苫米地英人さんの「抽象度の高いゴールを持つ人のことを、抽象度の低いゴールを持つ人は理解できない」という明言によって、そのことがよくわかりました。損得勘定のみの世界観・メンタルモデルでは、それを超える活動の背後にある思考は理解できないのです。理解できないために邪推をするわけです。

 

古来の言い回しであえて言うなら「燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや」ということになるでしょう。

 

サンタフェ通信10月6日より

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