集音マイクが音を拾うように周囲の音を聴く | 田村洋一

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集音マイクが音を拾うように周囲の音を聴く

2017年の目玉のひとつはRMT、調整的音楽療法です。

 

事の起こりは去年の9月、森平直子さんが世界音楽療法大会で藤田一照さんと合同セミナーをやるときに通訳してくれないかという依頼でした。一も二もなく引き受けました。そして雨のそぼ降る6月のある日に葉山に行って一照さんにお会いするという僥倖に恵まれ、つくばで開かれた7月の大会で RMTなるものを初めて知り、「これは実際に受講してみたい」と希望し、念願かなって今年後半から毎週20週間のRMTプログラムに参加することになりました。

 

そして毎週末、電車を乗り継いで菊名という街まで足を運び、毎回素晴らしいクラシック音楽を聴いています。

 

これが曲者で、私は子どもの頃からずっとクラシック音楽が好きで、ドボルザーク、チャイコフスキー、ブラームス、ベートーベン、モーツァルト、シューベルトといった誰もが知る有名な作曲家の作品はもちろん、クラシック音楽ファンでなければ知らないようなマイナーな曲もただただひたすら聴いてきました。だからRMTで音楽がかかると懐かしさでいっぱいになってしまい、感涙の音楽鑑賞が続いていたのです。

 

そして第6週のときに「今日も菊名まで来てよかった」と感想を述べていたら森平直子さんが「RMTは音楽鑑賞会ではない」と当たり前の事実を指摘してきれました。音楽を愉しむことが目的ではなく、音楽を糧にして観察するトレーニングなのです。そこから心を入れ替えて意識のトレーニングが本格的に始まりました。

 

この数週間は意識を意図的に分割して一部は音楽鑑賞に、一部は環境の刺激のモニタリングに、一部は心身の変化の観察に、と器用に使うことを訓練しています。

 

この意識の分割はファシリテーターにとって死活的に重要なスキルです。通訳にとっても必須です。意識を分割することによって「聴きながら喋る」という途方も無い離れ業も可能になります。意識を分割することによって「相手の話を受容しながら自己主張も忘れない」というディベートや対話も可能になります。

 

ピアニストの高橋全さんも喝破していたように、私たちは日常生活でほとんどの音を聴いていません。聴いているつもりでいながら選択的に聞きたいことだけを聴いています。そこに意識のスイッチを入れることで、高橋全さんが言うような集音マイクが拾うのと同じだけの音は拾えないまでも、ふだん聴いていない音まで拾うことができます。

 

これが少しできるようになるだけで日常はガラリと変わります。聴覚だけでなく、視覚も触覚も皮膚感覚も内臓感覚も鋭敏に使えるようになっていきます。

 

残り10週間のRMTプログラムがどうなるか愉しみです。

 

サンタフェ通信12月29日より

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