謦咳に接することの大切さ | 田村洋一

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謦咳に接することの大切さ

今は様々なことがeラーニングで勉強できるMOOCの時代になりました。名門大学の一流教授の授業を無料で視聴することもできます。

 

だからこそ「謦咳に接する」こと、生身の人間と同じ空間にいて直接学べることの価値が増すのではないでしょうか。

 

特に、単なる講義ではなく、ケースメソッドやディスカッションやディベートや対話などの価値がハイライトされます。オンライン教材やDVD教材ではなく、先生に直接会って議論をふっかけて飯を食って酒を飲む時間が貴重になるのです。

 

もう30年近く前、1991年に入学したアメリカの大学院を思い出します。そこは生きた知識の生産工場でした。

 

「MBAプログラムで学ぶことなんか本で学べる、わざわざ学校に行く必要はない」と大真面目に言い張る人がたまにいますが、そういう人は、知識を固定されたかたまりと思い込んでいます。固定した知識ならたしかに図書館に置いてあり、財務、会計、政治経済、定量分析、組織論、マーケティング、戦略論、リーダーシップ論など経営学で学ぶことは活字や映像教材になっていて、最先端の研究論文さえも今ではネットでアクセスできます。しかしそういうレベルの知識は死んだ知識です。生きた知識は相互作用の中で創発されるものです。

 

これは、どの分野で何を学んでも同じですが、学ぶことには表と裏があります。表では現在価値計算を学んでいても裏ではビジネスの本質を学んでいる。表でマーケティングを学んでいても裏では人間の心理を学んでいる。表では戦略を学んでいても裏では歴史を学んでいる。教科書や教材に書いてあることを学びながら、どこにも書いてないことを発見して学んでいるのです。

 

だからこそ人と会い、人から学び、人と何かを創り出すことが大切なのです。

 

「謦咳に接する」機能は AI(人工知能)で代替されないでしょう。それらしいことは早晩シミュレーションされ、VRだのARだのが補完することになり、偽物の教師はやがて淘汰されるでしょう。しかし本物の教師や本当の体験は淘汰されません。それどころかますます不可欠の存在となります。

 

自分の生き残りのために論文を書いたりしているようなエセ学者(学者業者)は化けの皮が剥がれて正体を明かすことになるのやもしれません。

 

今年の秋に初来日する予定のロバート・フリッツが教えることも、そのエッセンスはほとんど書物に書かれています(日本語訳がないので英語で読むしかないという制約はありますが)。映像や音声教材で学べることも多い(うちにはカセットテープ教材まで置いてある)。が、生のロバートに会って、その謦咳に接することは、大勢の人の人生を変えてしまうに違いありません。

 

今年9月にロバートとその奥さんで同じく素晴らしい教師であるロザリンド・フリッツを日本に呼んで一緒に学べることが、今から本当に楽しみです。

 

サンタフェ通信1月5日より

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