転んでもただでは起きない | 田村洋一

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転んでもただでは起きない

最近15年くらいは、常に数多くのセミナー、講座、トレーニング、ワークショップなどに参加しています。そのほとんどは優れたもので、なかには素晴らしいものもあります。そういう幸運に出くわしたときはときどきここでも報告しています。

 

そして数年に一度くらいでしょうか、「なんじゃこりゃ」という種類に出くわすこともあります。

 

「なんじゃこりゃ」にもいろいろなレベルがあるのですが、例えば、

 

・講師の説明が下手で何を言ってるかわからない
・講師の声が奇天烈で何を言ってるかわからない
・講座の内容のレベルが低く学ぶべきものがない
・ファシリテーターが暴力的で不愉快極まりない
・場が奇妙奇天烈で何だか知らないが気持ち悪い
・何だか知らないがダラダラしていて時間の無駄

 

こういうケースは指を数えるほどしかなく、そういうときは「ラッキー」と叫ぶことになっています。そういう駄目なイベントに行くことは滅多にないのです。あらかじめ場を選んで出かけるからです。それなのにそういう駄目なイベントに出くわすというのはまさに天の配剤、「神」が「自分」に「これを学べ」と言ってるようなもの、幸運そのものだ、と考えます。

 

こう言うと皮肉や負け惜しみに聞こえるかもしれません。しかし実際に時を経て「ラッキー」になることも少なくないのです。

 

何年か前に間違えて参加したグラフィックレコーディング講座はその一例です。プロとして活動しているというグラフィックファシリテーターからスキルとメソッドを学ぶつもりで参加したのに、一向に具体的な技術を教われずに一日が終わってしまい、たいそう落胆しました。が、それを機会に自分たちの知識と経験を棚卸しして、すでに自分でグラフィックレコーディングができるスキルを有していること、学びたい人に教えることもできることを確かめたのです。その後にはグラフィックファシリテーションを自分たちのプロフェッショナルサービスに加えることにもなりました。

 

転んでもただでは起きないとはこのことです。

 

箸にも棒にもかからない駄目なワークショップというのも数年に一度間違えて参加してしまうことがあります。そういうのも単なる反面教師としてだけでなく、何かしらの学びや収穫を得て帰ってきます。

 

転んでもただで起きてたまるかという感じです。

 

とはいえ最近は本当に目が肥えているのか外れることは滅多にありません。ときどきこうして駄目だった講座などを意識的に思い出し、その場から何を学んだか、どう活かしたか、どのように「ラッキー」だったかを振り返るようにしています。

 

サンタフェ通信3月2日より

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