愚書の見破り方 | 田村洋一

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愚書の見破り方

ある本の冒頭に、アリストテレスは「女性は男性よりも歯の数が少ない」と紀元前350年に書いていることを紹介し、2000年近くも誰も検証しなかったと言って、アリストテレス自身も実際の観察を怠っていたことをほのめかす文章がありました。

 

そして科学的な仮説検証の方法は現代人の私たちには当たり前だが、昔は知られておらず、権威の言うことを鵜呑みにしていたのだ、と続けています。

 

もうこの時点で「この本は駄目だな」とわかります。

 

お客を笑わせることが狙いの漫談だったら構いません。昔の偉人の間違いを面白おかしく取り上げて注意を惹き、お客を楽しませるだけなら罪は軽いでしょう。しかし多少なりとも学術的な装いをした分厚い本の冒頭がこれでは先が思いやられます。もう続きを読む価値はほとんどない(書評家が批評をするために読むのでもなければ)と言っても言い過ぎではありません。

 

アリストテレスは観察を軽視していたわけではありません。ただ観察を誤っていただけです。アリストテレスのこの間違いはバートランド・ラッセルが皮肉ったことから有名になったものですが、実際にアリストテレスが何と書き残していたかを「観察」する人は少ないのです。

 

「ヒト、ヒツジ、ヤギ、ブタのオスはメスよりも歯が多い。他の動物についてはまだ観察されていない」(動物部分論 第3巻 第1章)

 

現代に伝わるアリストテレスの原文を一読しただけで、アリストテレスが観察を怠っていたのではなく、観察データが誤っていたのだとわかります。たしかに後世の人々が観察していなかったという事実はあるかもしれませんが、それがアリストテレスという権威の書物を鵜呑みにしていたからだという証拠は全く示されていません。むしりアリストテレス話をネタにした著者がきちんと原典に当たっていないことが明らかです。

 

漫談のような書き出しで始まるもっともらしい分厚い本は、その時点で書棚に戻すのが身のためです。

 

サンタフェ通信3月16日より

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