フレンドリーな批判 | ディベート | 田村洋一

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フレンドリーな批判

批判には、その目的と効果によって少なくとも3種類あります。

 

ひとつめは、世間で最も多いタイプで、批判対象を貶める批判です。敵をやっつけて鬱憤を晴らし、自分が高みに立って溜飲を下げるものです。品の悪い批判が多く、新たな価値を生み出さないことがほとんどです。人格攻撃は余計な悪感情を生み、客観的な議論の検討を妨げます。

 

ふたつめは、建設的な批判です。これは誤った論を粉砕し、新たな論を構築するために有効です。批判対象を貶めることは狙いではなく、あくまでも誤謬や詭弁を退けることが目的です。必ずしも説得を目的としていません。少なくとも論的を説き伏せることは目的ではありません。論争を見守る観衆に対して判断材料や判定基準を提供することが狙いです。

 

三つ目は、友好的な批判です。これは話し相手に対してフレンドリーに批判をプレゼントし、「よかったらどうぞ」と差し出すもので、三つの中でもっとも難しいタイプの批判です。よかれとおもって差し出しても断られることも多いものです。

 

皆さんが目にする批判はどのタイプでしょうか。

 

教育ディベートにおいては、2番目と3番目の批判ができるための思考を訓練しています。ディベートを教育目的で行う人は人格攻撃や他者非難に興味がないのです。

 

ディベートの試合をする人は、相手チームを貶めることや説き伏せることにかまけている時間がありません。あくまでも判定者であるジャッジに対して有効で説得力のある議論をプレゼントしようとします。これが建設的な批判につながります。

 

人格攻撃しないからといって甘い反論になるわけではありません。むしろ徹底的に反論し、誤った議論をとことん粉砕します。それによって対立する議論が成り立つ場所を築くのです。人格ではなく、議論内容が肝心です。

 

そしてディベートの試合を判定する人は、判定理由をディベーターにプレゼントします。これはフレンドリーな批判です。

 

ディベートの試合においては、それがどんな試合であっても必ずどちらかが勝ち、どちらかが負けます。引き分けはありません。これはゲームのルールのようなもので、ディベートが合理的意思決定の演習であることを支える重要な要素です。

 

ディベートの試合を判定するジャッジは、自分の責任で全ての議論を傾聴し、全ての議論に判断を下し、最終的な結論を出さねばなりません。その結論をディベーターに提示しなければなりません。試合の判定と判定理由がディベーターへのフィードバックとなり、それが教育・学習を促進するのです。

 

教育ディベートで建設的批判や友好的批判を学んだ人は、実生活でこれを活かすことができます。

 

先日ディベート入門講座でモデルディベートをやってくれたZさんが、相手の気持ちを逆なでせずに厳しいことを伝えることができるようになったと話していました。Zさんはディベートを始めて一年です。教育ディベートのトレーニングが現実生活に与える好影響を目の当たりにする思いでした。

 

サンタフェ通信3月30日より

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