自分の力を小さく見積もる | 田村洋一

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自分の力を小さく見積もる

世の中には、自分の力を大きく見積もっている人と、小さく見積もっている人がいるような気がします。そして私は明らかに小さめに見積もっています。自分ごときが大したことはできないと高を括っているのです。これは謙虚な気持ちだとかいう意味ではありません。もっと実践的な意味です。

 

ちょっと紐解いてみます。

 

自分自身の力を小さく見積もる癖は、これは元々の性格や気質以上に、若い頃に山を登っていたことと関係があると思っています。

 

山登りの中では自分でコントロールできないことだらけです。第一に山の天気です。どんな超能力を使っても天候を左右することはできません(少しならコントロールできると豪語していた登山家もいましたが、一般的な思考ではありません)。山の地形や川の流れ、生活環境のほとんど全てが自分たちでコントロールできることの外にあります。

 

したがって影響を受ける環境をしっかりと観察して的確に対応する判断を下すしかありません。

 

ラジオで天気予報を聞いて(ラジオの入る地域だったら、ですが)天気図を書き、明日の天候を予測し、計画を調整する。そもそも入山する前に情報を集め、危険を回避するか最小化する。登山コースについて情報を集め、自分たちの能力を超えないコース、せいぜい少し頑張れば踏破できるコースを選ぶ。いざという時の避難のことをあらかじめ考える。そのための準備をする。(ちなみに山岳部では山小屋を利用せず、自分たちの衣食住は自分たちで賄うことを基本としていました。山小屋は緊急時の避難のためだけに利用します。)

 

山の中ではどんなに腕力や膂力に自信があっても如何ともしがたい状況が待ち受けています。体力に自信がある人ほど要注意です。思わぬことでスタミナを失ってバテてしまったら命を危険に晒します。

 

山の中で人間の力は当てにできない。知恵を絞って用心し、工夫を凝らして生き抜くことが大事です。山は登るだけでは駄目で、安全に降りてこなくてはなりません。したがって、登る前に降りるルートを考えます。始めるときに終えることを考える習慣となります。

 

山岳部で山に登っているとき、同じ体育会の運動部の連中を羨ましく思った覚えがあります。あいつらはどんなにグラウンドで激しい運動をしてへばっても、終わればシャワーを浴びて布団で寝ることができる。俺たちには許されていない贅沢だ、と。

 

山岳部の体験は私のその後の人生を形作っています。どの山を登るか、どう登って降りてくるか、そのためにどんな準備が必要か、どんなリスクがあるか、そして計画外で想定外の状況にいかに機敏に柔軟に応じ、生きて帰るか。

 

そういうことを学ばずに運と才能に恵まれた登山家は山で命を落とすことになるのだと思っています。

 

自分の力を過信せず、情報を集め、知恵を集め、助け合って前進するチームの力を信頼すること。これは山だけでなく、里で、街で、人生で、仕事で、コミュニティで生きていくための基本ではないかと思っています。

 

自分の力を大きく見積もることの功罪については後日またお話ししましょう。

 

サンタフェ通信6月15日より

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