「プロフェッショナルのプライド」にかけて | 田村洋一 | サンタフェ通信

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「プロフェッショナルのプライド」にかけて

 

 日本には「理系」「文系」という異なる「人種」があって、ときに自分の人種にプライドを抱いている人たちも少なくありません。

 

 私は理科少年だったのですが、理系人間にはならず、大学では英語を専攻しながら政治哲学(political philosophy)を勉強して、「政治科学」(politicalscience)を勉強することはせずに、学校を卒業したらエンジニアと称する職に就きました。そして途中からコンサルタントという職業に転向し、今に至っています。

 

 この「コンサルタント」という職種にもプライドを抱いている人たちが多く、コンサルティング業界にいると「本物のコンサルタント」などと言うのを聞くことがあります。つまり偽物がコンサルタントを自称しているのが気になるというわけです。「偽物と自分を一緒にしないでほしい」という気持ちなのかもしれません。

 

 こういうプライドは、役に立つこともあるものの、有害なことも多いのです。

 

 まず役に立つのは、自負を持って物事に取り組むときです。

 

 「男の沽券」「武士の意地」「プロフェッショナルの執念」「理系のプライド」。自らのアイデンティティ(自己存在証明)にかけて事に当たるのです。

 

 自負を持って取り組めば、そうでないときよりも自分の力を尽くせるのです。また、ひとつの領域に集中することによって自分を成長させることにもなります。

 

 一方、プライドが有害なのにはふたつのケースがあります。

 

 ひとつめは、自分自身を狭く定義しすぎてしまうことです。

 

 誰にもいろいろな面があります。男にも女らしい面があり、女にも男らしい面があります。「男だから」「女だから」「理系だから」「文系だから」と、自分をあらかじめ限定してしまうのは人間の大いなる可能性に対する冒涜です。

 

 もうひとつ、プライドが邪魔になるのは、他人を排撃してしまうときです。

 

 「女にはわからない」「男はどうせ」「彼は文系だから」「これだから理系は困る」などのようにレッテルを実体のように使い始めたら要注意。分類するための概念を使って差別したり排除したりする傾向は誰にもあります。だからこそ他者を切り捨てて多様性を否定しないことが大切なのです。

 

 私は自分のアイデンティティ(正体)を固定しないようにしています。職業は便宜的な分類でしかありません。便利だし必要ですが、そこに一生踏みとどまる必然性はないのです。いろんな可能性は常に開かれています。

 

 先日中学校でお話ししたときに、先生の口から「君たちは理系文系を選ばなくてはならない」という言葉が出てきて、そんな選択を中学生の頃から迫られるのはかわいそうだなと思いました。

 

サンタフェ通信2月14日号より一部抜粋しています。


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