芸術は自己表現ではない | 田村洋一

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芸術は自己表現ではない

芸術とは自己表現の手段だ、という考えや主張はいったいいつ頃から生まれたものなのでしょうか。

 

芸術家が何か作品を創っているのを外側から眺めて「あれは自分の痛みを表現しているのだ」「人生の苦しみを表現しているのだ」「自分自身を表現しているのだ」と思う人がいます。ときには芸術評論家の人がそういう解釈を提供することさえあります。

 

ロバート・フリッツに言わせれば、芸術家は自己表現などしていない、自己は関係ない、表現したいものを表現しているのだ、ということになります。芸術家の中で起こっていることは「自分自身」「自分の痛み」「人生の苦しみ」などではなく、作品を創り出したいというダイナミックな衝動だ、と言うのです。

 

これは非常に大切な違いです。自己表現と表現の違いです。

 

芸術が癒しだという人もいます。たしかに創作品が創作者を癒すことはあります。しかし創作者が創り出したいのは創作品であって、癒しではないのです。癒しのためにする芸術は芸術によるセラピーであって、本来の芸術ではありません。音楽セラピーや芸術セラピーは別にあっていい。ただしそれらはセラピーであって、本物の音楽ではないし、本物の芸術ではないのです。

 

「全ての偉大なものはそれそのもののために成される」という詩人ロバート・フロストの言葉をロバートはよく引用します。

 

そういえば昔の職場に「仕事は自己表現だ」と主張する人がいました。そのときに覚えた違和感が今回はっきりと識別できました。仕事を自己表現として為す人はどこまで行ってもアイデンティティの罠から逃れられません。

 

そういう意味においては、仕事も芸術と同じです。なんであれ、自分が創り出したいものがあるから創り出すのです。そこに自分自身のアイデンティティは関係ないのです。

 

サンタフェ通信10月12日より

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