運が運を呼ぶ | 田村洋一

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運が運を呼ぶ

運のいいことがあると「こんなことに運を使ってしまった」と言う人たちがいます。

 

そういう人たちは運を「決まった量の入った福袋」のようなものだと思っています。生涯で使える運の量は決まっているのだから、つまらないことに運を使いたくない、本当に大事なことのためにとっておきたい、というわけです。

 

一方で、私たちは「運が運を呼ぶ」という現象も体験しています。運のいいことがあると、それがまた新たな運を運んでくるのです。ラッキーがラッキーを呼ぶ、ラッキーな偶然を喜んでいると別のラッキーな出来事に見舞われるという現象です。

 

システム思考や構造力学を知っている人なら、「運が運を呼ぶ」という現象がマジックではなく、システムや構造のロジックで説明されることを知っています。

 

運は固定した量の配分されている福袋ではありません。自ら動いて創り出すことのできるものです。

 

もちろん「ラッキー」というのは自分で直接生み出すことではありません。自分がコントロールできないことだからこそラッキーなのです。

 

しかし運のいい場所にいたり、運のいい人といたり、運のいいことをやっていたりすることはできます。

 

運は選択できるのです。

 

「社会というものは魑魅魍魎が跋扈しているところで、いつ後ろから刺されるかわからない」という世界観を持っている人たちがいます。「渡る世間は鬼ばかり」というわけです。健全なリスク感覚を持つための譬え話なら構わないのですが、事実ではありません。実際には魑魅魍魎を圧倒する数の立派な人たちやまともな人たちがいて、その人たちが社会できちんと機能しているからこそ毎日の社会生活が成り立っているのです。

 

社会には暗い部分や危険な要素がたくさんあります。それは事実です。完全に安全で安心なことなどありません。しかし一方で、日本で生活していたら毎日のように痛感するのは、見事な秩序が働いていて、自分で特別な努力をしなくても豊かな暮らしを享受できるシステムがあることです。

 

今日も当たり前のように電車が走り、郵便物が届き、電話が鳴り、メールが届き、食事ができ、健康で文化的な生活を送ることができました。それは私の努力によるものではなく、日本の社会や世界の仕組みが見事に働いているおかげです。

 

今日も実に運がいい。

 

そして運がいいことを特別警戒して「明日は運が悪いかもしれない」などと心配したりしません。明日は明日の風が吹く。明日のことを憂うのはやめておきます

 

サンタフェ通信2月22日より

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