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石の上にも三年、壁の前にも二年

ひとたび何かを始めたら、習得するまでやりたいと思います。そして首尾よく習得できたら、習熟するまでやりたいと思います。

 

17年前にたまたま縁あって合気道の道場に入門しました。それまで武術などほとんど未経験でしたから、最初は新鮮なことばかりで毎回が愉しい稽古でした。新しい技や力を次々と自分のものにできる嬉しさもありました。

 

ところが半年くらいすると壁にぶち当たります。なかなか技が覚えられず、覚えたつもりの技もうまく使えず、なんのためにやっているのかわからない気持ちの悪さがつきまとうのです。

 

いま思うと、最初の半年である程度上達したために、兄弟子や師範代が初心者向けの手加減を緩めて少しきつく当たってきたのも一因のような気がします。

 

この壁にぶつかったときに稽古をやめてしまう人が多いのです。しかしここが踏ん張りどきです。学習曲線の高原(plateau)というものです。目に見える上達は止まり、静かに何かが蓄積されていくフェーズです。ここでやめては元も子もありません。

 

「石の上にも三年」と昔の人は言ったようですが、これは言い得て妙だったのではないかと思います。そして壁にぶつかったら止まらずに二年続けるのもいい。才能がなくてもそれだけ続ければ必ず学べることがあります。

 

昔、ロバート・フリッツに学んだとき、すぐに目から鱗が落ち、腕が上がる感覚を覚えました。そこで満足して学ぶのをやめてしまう人も多いのです。しかし学び続けるうちに、当初わかったつもりでいたことの奥にまだまだ宝が隠されていたことに気づきます。前にも言いましたが、ロバートの教えは毎回同じ、しかし生徒の学びは毎回新鮮なのです。

 

合気道でも構造思考でも、同じことを繰り返し繰り返し習います。しかし応用は毎回毎回ユニークです。同じ戦いは二度となく、同じ創造は二度とない。

 

稽古は同じことの繰り返しなのに、学びの体験はどんどん変化し、進化していくのです。

 

サンタフェ通信4月12日より

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