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「べき」や「はず」の呪縛

サッカーの試合中に自分の出したパスを味方がとれなかったり、味方が自分の期待した動きをしてくれなかったり、欲しいところにパスが来なかったりしたときに、

 

「おい!」
「なんでだよ!」
「こっちだろ!」
「そっちじゃない!」

 

などと怒鳴る選手がたまにいます。彼らは

 

「こうあるべきだ」
「こうなるはずだ」
「こうするべきだ」

 

という自分の観念(コンセプト)に縛られているのです。

 

いつも思い通りにはいかないのがサッカーです。優れた選手たちは、自分の思惑が外れたら瞬間に切り替えてリアルな現実を見てゲームを創り出しています。見込み違いや想定外の展開を振り返って分析したり相互にフィードバックしたりするのは試合が終わった後からでいいのです。

 

同じように、自分が思い通りのプレイを出来なかったときに、

 

「ごめん!」
「すんません!」
「ごめんなさい!」

 

などと矢鱈に謝る人もたまにいます。これも

 

「本当はできたはずだった」
「本来はそういうつもりじゃなかった」
「ちゃんとできるべきだった」

 

という観念に縛られているせいかもしれません。

 

「べき」や「はず」の呪縛から自分を解放し、現実に目覚めると、新しい世界が待っています。100パーセントの集中力で目の前の現実を観察し、すぐ先の未来を洞察し、そして創り出したい結果を創り出せる世界です。

 

サンタフェ通信5月10日より

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