優れた教師が有力である理由 | システム思考 | 田村洋一

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優れた教師が有力である理由

 

 私は熱血教師が苦手です。教えてやろう、導いてやろうという熱意は大切ですが、それが過剰なのには閉口してしまいます。

 

 私がチベット仏教やテーラワーダ仏教を好きな理由は、決して「真理」を押しつけたり押し売りしたりしないことです。

 

 ダライ・ラマ法王のあり方は本当に勉強になります。ご自身が世界を探求し、謙虚に学び続けていることを、自ら身をもって示してくれます。自らお手本を示してくれるのです。

 

 スマナサーラ長老は頑固なテーラワーダ原理主義者なのですが、それでも自分の知識の押し売りはしません。自分の知っていることを曝け出して「よかったらどうぞ」と微笑んでいるのです。

 

 優れた教師というのはおしなべてそういうものかもしれません。自分がすでに知っていることを生徒に分け与えるばかりでなく、自分自身が興味と好奇心をもって世界から学ぼうとする姿勢を崩さないのです。

 

 「私はわかっている。私は答えを発見した」という態度の人は、知っていることを伝えることはできても本当に生徒に学ばせることはできないのです。

 

 熱血教師も悪くはありません。熱意に欠けるよりはよほどましです。ただ、過ぎたるは猶及ばざるが如しなのです。教師とは生徒に学ぶ意欲を授け、能力を高める存在であるべきですから、押しつけや押し売りは逆効果になります。

 

 優れた教師は極めて有力です。自分も生徒からも学ぼうという姿勢を持っているからこそ生徒に学ばせる影響力を持っているのです。

 

 

サンタフェ通信9月6日号より一部抜粋しています。


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