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損失回避と存在意義の罠

「こんな会社やってられない。こんなひどい職場はない」と文句を言いながらずっと同じ会社に雇われ続ける人たちが大勢います。辞めたら殺すと脅されているとか、そういうヤクザまがいの雇い主に奴隷化されているのなら同情の余地があります。しかし現代日本には職業選択の自由があるのですから、会社に文句を言いながらその同じ会社に勤め続けるのは自業自得、自滅的選択としか言いようがありません。

 

不幸な結婚生活を送り続ける人もいます。離婚は転職よりも難しいかもしれませんが、今では昔よりもずっと簡単だし、恥ですらありません。2回でも3回でも離婚できるし、何回でも結婚できるし、結婚しなくてもいいし、離婚したままでいい。特定のパートナーがいてもいいし、いなくてもいい。誰かと住んでもいいし、一人で住んでもいい。「私と別れたら殺す」などと言われているなら同情の余地がありますが、そうでもないのにずっと嫌いな相手と一緒に住む人たちがいます。これも自滅的な選択で、気の毒というものの自業自得と言うほかありません。

 

健康に悪いタバコを吸い続ける人たちがいます。タバコが大好きでエンジョイしてるなら構いません。ただしレストランや駅や道端ではやめてほしい。タバコの臭いの臭い服もやめてほしい。それはともかく、タバコを好きでもないのにいつまでもやめない人たちがいます。健康を害すると知っていてやめないのは自滅的行為です。ニコチン中毒の人は病院に行ってほしい。中毒でもないのにやめられない人たちはなぜ自滅行為を続けるのでしょうか。

 

酒を飲みすぎる人たちがいます。酒は百薬の長と言って、ほどほどに飲むのがいいのです。人によって飲む量は違うので、飲める人がたくさん飲むのは構いません。しかし健康を害するほど飲むのは自滅行為です。健康を損なうほど飲み続ける人がたくさんいます。

 

人ななぜ自滅行為を繰り返すのでしょうか。やめたらいいことをなぜやめないのでしょうか。

 

損失回避(loss aversion)という概念があります。何かを得るよりも何かを失うことを嫌う人間の傾向です。嫌な会社を辞めない、嫌な結婚をやめない、嫌な生活習慣をやめない人たちは、損失回避しているのかもしれません。ひどい会社だが、やめて無職になるのは嫌だ、ひどい連れ合いだが、別れて一人になるのは嫌だ、というわけです。やめたほうがいいことをやめないのは、やめることで何かを失うことを恐れているのです。

 

損失回避の罠にはまるのは、状況思考しかしていないからです。

 

人間には未来を創り出す力があります。今の状況を抜けて新しい状況を創り出す力があるのです。誰にでもその力がありますが、誰でもその力を使うわけではありません。多くの人が自分の力を使わずに自滅的な行為を続け、多くの人が自分の悲劇をわざわざ自分で演出しています。

 

22年前の今頃、初めての転職先で精神的に苦しんでいた自分に、久しぶりに会った実家の母親に「駄目だったらやめたらいいんだから」と言われたことがありました。あれは救いでした。せっかく就職した会社を一年未満で辞めるなんてことは私の頭にはなかったのです。「辞めてもいい」と思えたら肩の荷が降りました。

 

その後、辞めようと決めてから半年もかかって会社を辞めました。マネジャーとしての責任を全うし、部下や同僚に迷惑をかけないようにしようと思ったことから時間がかかったのです。しかし実際には迷惑をかけても一時的で、大したことはないものです。

 

まわりに迷惑をかけるから会社を辞められない、と思っている人は、おそらく自分の存在を過大評価しています。たいていの組織において、少なくとも長期的には、自分の代わりなどいくらでもいるものです。世界に同じ人間は二人といません。しかし組織の役職は別の人でも務まるものです。

 

自分がこの組織で何を創り出したいのか。そこに情熱がなければ、長く同じ場所に留まるのは自滅的行為かもしれません。

 

サンタフェ通信8月9日より

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