人生の問題は次々に解決されていく | システム思考 | 田村洋一

このエントリーをはてなブックマークに追加

人生の問題は次々に解決されていく

 

 歳を重ねるにつれて、人生の諸問題がひとつ、またひとつと解決されていきます。

 

 幼い子供の頃にはまだ人生の問題がありません。もちろん問題はあるのですが、まだ人生の問題だと認識していないのです。

 

 思春期になると、いろんな問題が次々と姿を現し始めます。

 

 「自分は何者なのだろうか」
 「何のために生まれてきたのだろうか」
 「自分は何をして生きたらいいのだろうか」
 「生きることの意味は何だろうか」

 

 などと考えるようになります。そして、

 

 「死にたくない」

 

 と考えたり、

 

 「死にたい」

 

 と考えたりすることもあります。

 

 死を思うことは生きることへの真摯さや切実さを与えてくれます。

 

 第一、そんな哲学的な問題に頭を悩ますことができるのは豊かさの証拠です。今この瞬間にも世界中の多くの子供たちや若者たちは貧困や飢餓に苦しみ、自己のアイデンティティについて悩んでいる余裕などないのですから。

 

 やがて仕事に就いて社会とさまざまな関わりを持つうちに、人生問題の諸相が変容していきます。

 

 「どうやって稼いだらいいのか」
 「どうやって成長したらいいのか」
 「どうやって成功できるのか」
 「何が成功と言えるのか」

 

 などと考えたりします。

 

 もちろん、仕事があまりにも順調なときはこんなことを考えたりしません。逆に仕事が忙しくて大変なときはこんな問いを立てている暇すらありません。

 

 いずれにしても時は流れ、人生のステージが変わり、問いの種類も変わってきます。

 

 場合によっては思春期に未解決で置き去りにした問いを再訪することもあります。

 

 「自分は何者なのだろうか」
 「何のために生まれてきたのだろうか」
 「自分は何をして生きたらいいのだろうか」
 「生きることの意味は何だろうか」

 

 今度は思春期と違い、社会や世界との関わりの中で自分が果たす役割について考えたりします。

 

 自分ひとりがどうあるかを思うばかりでなく、社会や世界にどう貢献できるのかを考えます。自分の損得勘定はさておいて、世の中がどうあるかを思うのです。

 

 ポストバブル、デフレ社会の日本の若者は、本当に豊かに育っているためか、若い頃から社会貢献を志す人が多くなっています。

 

 それでも、若い頃に志した社会奉仕と、人生後半に思いを馳せる社会貢献では問いの種類や質が違う気がします。意識が変わっているからです。

 

 歳を重ねるにつれて、人生の諸問題がひとつ、またひとつと解決されていきます。

 

 いや、解決というより、時を経て解消されていくと言ったほうがいいかもしれません。

 

 そしてステージが変わり、新たなテーマが姿を現すのです。

 

 もはや人生を生きることの意味などを考えたりしません。自分のアイデンティティに悩むこともありません。生活を立てることにすらも若い頃ほどの重要性はありません。

 

 人生後半は未解決のエキサイティングな問題との遭遇なのです。

 

 

サンタフェ通信9月13日号より一部抜粋しています。


ホーム RSS購読 サイトマップ