燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや | 田村洋一 | サンタフェ通信

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燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや

 

 苫米地英人さんが

 

 「抽象度の高いゴールを持つ人のことを、抽象度の低いゴールを持つ人は理解できない」

 

 と明言しています。

 

 これはどういうことかと言うと、苫米地さん自身が世界から戦争や差別をなくすという大志をもって自費で世界中の要人に会いに行って活動していることを、私利私欲で行動する政治家や評論家たちが理解できずに、「裏でどんな利権が動いているのか」と訝るようなことです。

 

 同じように、ビル・ゲイツ氏が財団を作って慈善活動をしていることに対して「売名行為だ」「虚栄心だ」などと誹謗する人たちがいます。私利私欲や損得勘定でしか物を考えられない人たちにとって、私利私欲や損得勘定を超えた活動を理解することはできないというのです。

 

 ビル・ゲイツや苫米地さんほど派手な活動をしていなくとも、世間には高い志で活動している人たちがたくさんいます。私の周囲で活動している仲間やクライアントの多くもそうです。彼らは自分たちの利益のためではなく、他人のためや世間のために貢献することに意味を見出し、日夜献身的に働いています。

 

 私にもそれはあります。12年前に設立したメタノイアという会社の名前が(半ば冗談なのですが)「愛のため」の逆さ言葉になっているのは、わざわざ苦難の多い独立事業をやる以上、お金のためではなく愛のため、愛するもの愛することのためにしよう、という想いの表明でもあります。

 

 もちろんビジネスですから利益は非常に大切です。利益がなければ持続していくことができません。利益は会社というエンジンに必要な燃料のようなものです。

 

 しかし利益は目的ではありません。会社が人のため世のために貢献していく事業装置である以上、燃料ばかりを稼いでも無意味なのです。それがメタノイアの影の意味です(表の意味は別にあります)。お金のためではなく、愛のためなのです。本当にそうなのです。

 

 ですから、損得勘定で事業を見るだけの人には「そんな苦労ばかり多くて益の少ないことをやって何の得があるのだろう」と思われるようなことを非常に熱心にやっているように見えるようです。

 

 苫米地英人さんの

 

 「抽象度の高いゴールを持つ人のことを、抽象度の低いゴールを持つ人は理解できない」

 

 という明言によって、そのことが大変よくわかりました。損得勘定の世界観・メンタルモデルでは、それを超える活動の背後にある思考や行動は「理解できない」のです理解できないためにいろんな邪推をするわけですね。

 

 古来の言い回しで言うならば、

 

 「燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや」

 

 ということになるでしょうか。

 

サンタフェ通信10月3日号より一部抜粋しています。


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