Writings | 田村洋一 | サンタフェ通信

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駅前の寿司屋のランチ

 

 午前中の仕事が感動的に終わり、明るい気持ちで出張先の千葉から東京に帰ろうとしたが、浮き浮きしていたせいか電車の乗り継ぎを間違え、いつの間にかとっくにランチの時刻を過ぎていた。

 

 午後2時半。自宅近くの駅前の寿司屋に迷い込む。この駅は20年使っていて、この寿司屋の存在は知っていたのに、今まで一度も入ったことがなくて、今日初めてだ。店内はがらんと空いていて、客はひとりもいない。カウンターの向こうに職人が立っている。振り返りざま「ランチ?」と聞く。「ランチありますか?」と聞くと「あるよ」と言う。メニューもない。「三色チラシが千百円。握りが千二百円」と言うので握りを注文してカウンター席に座る。

 

 この店に入ったことが一度もなかった理由の一つは、外観がぱっとしないことだ。古臭い。どうぞお入りくださいという雰囲気がない。中に入り、席についても、別のオヤジが無愛想にお茶をドンと置き、別段ホスピタリティもない。

 

 「はい、お待ち」と言われて出てきた握りのマグロを口にして驚いた。うまい。ヒラメを口にする。うまい。エビ。穴子。鉄火。玉子。全部うまい。シャリもネタも最上だ。味噌汁もうまい。

 

 その味噌汁をすすりながらスマートフォンを見ていたら、「メシ食いながら仕事かい。大変だね」とオヤジが言う。ええ、まあ、とお茶を濁していると、「食ったもんがどこへ入ったかわかんねえだろ。便利なものは大変だ。食事をしてる時も仕事だ」と言う。

 

 「明日から三連休だろ。連休は家族が大変だ。金がありゃいいが、給料上がってなきゃ大変だろ」と言うから、その通り、と返すと、「疲れてるんだろ。これでも食いな」と言って数の子の握り寿司をおまけに出してくれた。これもうまい。

 

 安月給の家族持ちのサラリーマンになった気分で店を出た。

 

サンタフェ通信11月29日号より一部抜粋しています。


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